アラバマ州
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- アラバマ州
- State of Alabama


(州旗) (州章) - 州の愛称: ハート・オブ・ディキシー(南部の心臓)
The Heart of Dixie 
州都 モンゴメリー 最大の都市 バーミングハム 州知事 ロバート・ライリー 公用語 英語 面積
- 総計
- 陸地
- 水域全米第30位
135,765 km²
131,426 km²
4,338 km² (3.2%)人口(2003年)
- 総計
- 人口密度全米第23位
4,500,752人
33.15人/km²合衆国加入
- 順番
- 加入年月日
22番目
1819年12月14日時間帯 UTC -6
DST -5緯度 北緯30°13' - 35° 経度 西経84°51' - 88°28' 東西の幅 306 km 南北の長さ 531 km 標高
-最高標高
-平均標高
-最低標高
734 m
152 m
0 m略称 (ISO 3166-2:US) US-AL ウェブサイト アラバマ州政府
アラバマ州(Alabama AL)はアメリカ合衆国南部に位置する州である。この州の人口は4,417,100人(2000年度)。州都はモンゴメリー市。他にバーミングハム(都市圏では州内最大)、モービル(州内唯一の港町)、ハンツビル(NASA関連施設が集中する)などの主要都市がある。
州名の由来は諸説あり、ここに先住したインディアン部族のチョクトー族の「アルバ・アヤムレ=繁みを拓く」や、アラバマ族の「アルビナ=野営する」の言葉に由来するといわれるが、定かではない。
目次 |
[編集] 歴史
- 主要記事:アラバマ州の歴史
かってはフロリダの一部としてスペイン領であったが、18世紀初頭にフランス領カナダから南下したフランス人によってフランス領ルイジアナの一部に編入された。七年戦争の北米での局地戦であるフレンチ・インディアン戦争によって1763年イギリス領となっている。1814年、アンドリュー・ジャクソン将軍指揮下の入植者軍がクリーク族インディアン軍をホークスシュー・ベントの戦いで打ち破り、東部、北部から奴隷や家畜を連れた入植者が流入し始めた。ジャクソン将軍はこの地を『最良の入植地』と呼んだ。1817年にアラバマは準州となり、1819年22番目の州としてアラバマが創設された。1860年までに、白人農民の80%は土地を所有し、約30%は奴隷を所有していた。奴隷の数は1820年の約4万2千人から1860年には約44万人に増え、州人口の45%を占めていた。1861年1月、リンカーンが大統領になると、奴隷解放に反対し、北部連邦を脱退、アラバマ共和国を名乗る。南北戦争では南部連合の首都をモンゴメリーに置き、連合の初代大統領としてジェファーソン・デイビスを擁立し、連合の中心的役割として戦った。南部連合の首都は同年5月にヴァージニア州リッチモンドに移転されている。1864年の夏にはメキシコ湾に面したモービルベイで南北戦争では珍しい海戦が繰り広げられたが、南部の敗北に終わった。1868年合衆国復帰。南北戦争での州の死者は推定2万5千人以上とされる。その後も黒人差別が続き、1955年州都モンゴメリーで起こったローザ・パークス逮捕事件が公民権運動の口火を切った。
[編集] 地理
- 関連項目:アラバマ州の郡一覧
アラバマ州は総面積135,765 km² (52,419 mi²) に加えアメリカ合衆国内で30番目に大きな州である。そのうち3.2%は地上の水の総計で23番目になる、水地域である。
州の北東部にはなだらかなアパラチア高原が広がり、石炭・鉄鉱石など鉱物資源の宝庫となっている。他の大部分はメキシコ湾沿岸平原で占められる。メキシコ湾に流入するモービル川とアラバマ川が主要な河川システムを形成する。
州の西部はミシシッピ州、北部はテネシー州、東部はジョージア州と接し、南部も大部分はフロリダ州と接するが、一部はメキシコ湾に面している。
アラバマ州の国立公園はDavistonのHorseshoe Bend National Military Park;Fort PayneのLittle River Canyon National Preserve;ブリッジポートのRussell Cave National Monument;タスキーギのTuskegee Airmen National Historic Site;タスキーギ近郊のTuskegee Institute National Historic Siteが含まれる[1]。
[編集] 都市部
| 順位 | 大都市圏 | 人口 |
|---|---|---|
| 1 | Birmingham-Hoover-Cullman CSA | 1,170,012人 |
| 2 | Mobile-Daphne-Fairhope CSA | 567,625人 |
| 3 | モンゴメリー MSA | 397,961人 |
| 4 | ハンツビル MSA | 368,661人 |
| 5 | タスカルーサ MSA | 196,885人 |
| 6 | ジケーター MSA | 149,629人 |
| 7 | Florence-Muscle Shoals MSA | 142,950人 |
| 8 | ドーサン MSA | 136,594人 |
| 9 | Auburn-Opelika MSA | 123,254人 |
| 10 | Anniston-Oxford MSA | 112,240人 |
| 11 | ガズデン MSA | 104,000人 |
[編集] 人口動勢
| 人口推移 | ||
|---|---|---|
| 年 | 人口 | 変動率 |
| 1800年 | 1,250 | — |
| 1810年 | 9,046 | 623.7% |
| 1820年 | 127,901 | 1313.9% |
| 1830年 | 309,527 | 142.0% |
| 1840年 | 590,756 | 90.9% |
| 1850年 | 771,623 | 30.6% |
| 1860年 | 964,201 | 25.0% |
| 1870年 | 996,992 | 3.4% |
| 1880年 | 1,262,505 | 26.6% |
| 1890年 | 1,513,401 | 19.9% |
| 1900年 | 1,828,697 | 20.8% |
| 1910年 | 2,138,093 | 16.9% |
| 1920年 | 2,348,174 | 9.8% |
| 1930年 | 2,646,248 | 12.7% |
| 1940年 | 2,832,961 | 7.1% |
| 1950年 | 3,061,743 | 8.1% |
| 1960年 | 3,266,740 | 6.7% |
| 1970年 | 3,444,165 | 5.4% |
| 1980年 | 3,893,888 | 13.1% |
| 1990年 | 4,040,587 | 3.8% |
| 2000年 | 4,447,100 | 10.1% |
2005年現在、アラバマ州は前年より32,433人、または0.7%増加し、2000年より110,457人、または2.5%増加した、人口4,557,808人と概算された。これは77,418人 (出生319,544人、死亡242,126人) と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者36,457人の増加が含まれている。アメリカ合衆国外からの移住は25,936人増加することとなり、合衆国内部の移住者は10,521人増加することになる。
この州には22.2%が不法在留外国人 (24,000) と概算される、108,000人の外国生まれ (州人口の2.4%) が居住する。
アラバマ州の人口重心はJemison 区域と知られる地域、Jemisonの外側にある、チルトン郡となっている[2]。
[編集] 人種及び祖先
この州の人種的関係及び前の国勢調査との比較:
| ノート:
| ||||||||||||||||||||||||||||||
アラバマ州内で最大と報告された祖先グループは:アメリカ人 (17.0%)、イギリス系(7.8%)、アイルランド系 (7.7%)、ドイツ系(5.7%)、及びスコットランド系アイルランド人 (2.0%)。'アメリカ人' はそれらの報告されたインディアン、または黒人が含まれる。
[編集] 宗教
アラバマ州の主要な宗教:
- キリスト教 – 92%
- プロテスタント – 79%
- バプテスト – 49%
- メソジスト – 10%
- 長老派教会 – 3%
- Episcopalian – 2%
- Church of God – 2%
- Church of Christ – 2%
- ペンテコステ運動 – 2%
- ルーテル教会 – 2%
- 他のプロテスタント – 7%
- カトリック教会 – 13%
- プロテスタント – 79%
- 他の宗教 – 1%
- 無宗教 – 7%
[編集] インディアン部族
多数のインディアン部族が先住するが、アメリカ連邦政府が公式認定し、現在も連邦条約を基にした保留地(Reservation)を領有している部族は「クリーク族・ポアーチ・バンド」のひとつだけである。多数の部族が1950年代に「絶滅部族」にされて保留地を失い、現在再認定を要求し係争中である。
≪アメリカ連邦政府が公式認定している部族≫
- 「クリーク族(ムスコギー族)・ポアーチ・バンド」
≪アメリカ連邦政府は公認していないがアラバマ州政府が公認している部族・団体≫
- 「チェロクリーク相互部族インディアン」
- 「北東アラバマ・チェロキー族」
≪アメリカ連邦政府もアラバマ州政府も公認していない部族・団体≫
- 「チェロキー族」
- 「アラバマ・チェロキー族」
- 「南東アラバマ・チェロキー族」
- 「チカマウガ・チェロキー族」
- 「チッカモギー・チェロキー族・ラングレー・バンド」
- 「自由チェロキー族・鷲と熊の氏族」
- 「フェニキアン・チェロキー族・セコイヤ・鷲の部族」
- 「南カンバーランド台地チッカマカ・バンド」
- 「ウルフクリーク族」
- 「チェロキー川インディアン共同体」
- 「クリーク族(ムスコギー連合)」
- 「ミシシッピ以東の主要なるクリークインディアン国家」
- 「コウェタ族・クリーク族」
[編集] インディアン・カジノ
現在のところ、クリーク族のみが「インディアン・カジノ」を開設している。アラバマ州自体はインディアン・カジノに反対の立場をとっており、州公認部族はカジノを開設できない。
ポアーチ・クリーク族は、彼らのカジノにスロットマシンとテーブル・ゲームの増加を予定している。トロイ・キング州司法長官は米国内務省に対し、2008年4月にモービルの連邦裁判所にポアーチ・クリーク族のカジノ事業拡大の禁止を求めた訴訟を起こした。キング司法長官は、「近頃の内務省は、アラバマの(インディアン以外の)人々の権利の尊重というものを無視しているのではないのか」と不満を述べている。
≪アラバマ州のインディアン・カジノと経営部族≫
- クリーク族(ムスコギー族)・ポアーチ・バンド
- 「風のクリーク・カジノ&ホテル
- 「クリーク・カジノ」
- 「タラポーサ・カジノ」
- 「川岸のカジノ」
[編集] 政治と法律
[編集] 経済
アメリカ合衆国経済分析局によると、2003年の総州生産高は1,320億米ドルであった。アラバマ州の一人当たりの収入は2003年に26,505米ドルであった。この州の農業生産品は家禽及び卵、牛、植物苗床品目、ラッカセイ、綿、 トウモロコシ及びモロコシ等の穀物、野菜、ミルク、ダイズ、並びに桃が含まれる。 "The Cotton State" と知られているが、アラバマ州は上位3位以内から成るテキサス州、ジョージア州及びミシシッピ州を合わせたいくつかの報告書[3][4]によると、合衆国内の綿生産の8 から 10番目の間に位置している。
アラバマ州の産業生産品は鉄及び鋼製品(鋳造鉄及び鋼パイプ);紙、材木及び木材製品;鉱業(多くが石炭);合成樹脂製品;車及びトラック;並びに衣類が含まれる。また、アラバマ州は特にNASA George C. Marshall Space Flight Center及びRedstone Arsenalに本部を置くUS Army Missile Commandが設置されている、ハンツビル地域でAerospace及びElectronic製品を生産している。
また、モービル市はメキシコ湾で活気のある港町であり、Tennessee-Tombigbee Waterwayを経由して中西部へつながる内陸水路の入口となっている。
[編集] 教育
[編集] 単科及び総合大学 (不完全)
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[編集] その他
[編集] 同州出身の有名人
- アラバマ州出身著名人の一覧を参照。
[編集] 日本の姉妹都市
- (茨城県日立市) - (バーミングハム市)
- (群馬県前橋市) - (バーミングハム市)
- (埼玉県坂戸市) - (ドーサン市)
- (千葉県習志野市) - (タスカルーサ市)
- (千葉県市原市) - (モービル市)
- (福井県宮崎村、現越前町) - (モンテバロ市)
- (兵庫県新宮町、現たつの市) - (アニストン市)
[編集] 外部リンク
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[記事全文]






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