オートレース
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オートレースとは日本における公営競技の1つで、プロのオートレース選手達が競走車(2008年現在では二輪車のみ。過去には四輪車もあった)によって行うモータースポーツかつ順位を予想するギャンブルである。
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[編集] 主催者など
監督省庁は競輪と同じく経済産業省。小型自動車競走法に基づいて財団法人JKAが運営し、指定自治体がパリミュチュエル方式により勝車投票券(車券)を販売する。
近年、競馬と同様の20歳以上の学生の車券購入が解禁され、複数レースに渡る優勝選手を予想する「重勝式」投票券も導入された。「重勝式」投票券の導入は、日本では1961年2月に競馬で廃止されて以来のこととなる。
現在では川口市、千葉県・船橋市、伊勢崎市、浜松市、飯塚市、山陽小野田市の1県・6市が主催している。
[編集] オートレース場について
「オートレース場」を参照
[編集] 競輪との統合等について
オートレースはこれまで日本小型自動車振興会が運営してきたが、2005年(平成17年)の閣議決定「行政改革の重要方針[1]」、及び、2007年(平成19年)6月13日に公布された「自転車競技法及び小型自動車競走法の一部を改正する法律」に基づき、2008年(平成20年)4月1日を以って解散し、同日を以ってオートレースに関する業務は財団法人JKAへと承継された[2]。
この財団法人JKAは、日本自転車振興会が日本小型自動車振興会を統合し、新たにオートレース事業を開始するにあたって名称を変更したもので、事実上競輪とオートレースは同一の法人によって運営されることとなった。 また、これに併せて各地の「自転車競技会」及び「小型自動車競走会」も、それぞれ2008年4月30日までに公益法人に移行した。
[編集] 競走
オートレースの競走(レース)は通常8車で、1周500メートルのオーバルコースを規定の周回数走行することで行われる。一般レースは6周回(3100メートル)であるが、G1・G2と呼ばれるグレードレースでは優勝戦が8周回(4100メートル)。SGと呼ばれる最高クラスのグレードレースでは準決勝が8周回、優勝戦が10周回(5100メートル)になる。走行距離がプラス100mとなるのは、スタート位置がゴールラインと同じではないためである。スタートラインはゴールラインの100m後方に存在する。技量差のある選手同士の競走は、実力のある選手が10メートル単位で番組編成委員によって決められたハンデによって、スタートラインより後方(最大110メートル)からスタートするハンデレースで行われる。技量差のない選手同士の競走は、全選手がスタートラインから横一列でスタートするオープンレースで行われる。なおレースは1日に通常12レース行われる。 最高峰のグレードレースである日本選手権では全日程の全レースがオープンレースで行われる。
- グレード開催の種類
他の公営競技同様グレード制の競走体系をとっており、年5回行われるスーパーグレード (SG)はその頂点にある。その他、G1、G2と呼ばれるグレードレースが存在する。詳しくはオートレースの競走一覧を参考。
[編集] イメージキャラクター
現在は選手で元SMAPメンバーの森且行(25期、川口オートレース場所属)がテレビCMやポスターに登場している。歴代のイメージキャラクターは小倉優子・菊川怜・藤岡弘・赤井英和・吉田拓郎・岡本夏生である。また、オートレース場独自のイメージキャラクターが存在し、伊勢崎オートレース場ではマスコットキャラクターとして「キラットくん」が、浜松オートレース場では「ブンブンボーイ」がイメージキャラクターを担当。川口オートレース場では、2006年4月から2008年3月までGacktが務めていた。以前、加勢大周が『笑っていいとも!』のテレホンショッキングで川口オートのファンであると発言している。
芸能人オートファンの草分けは、作曲家の平尾昌晃である。川口オートの常連で年間ボックスシートを持ち、また同レース場のテーマソング『ぶっちぎりの青春』の作曲も手がけているほど。
[編集] 歴史
- 1949年(昭和24年)8月10日 - 日本小型自動車競走会発足
- 1950年(昭和25年)5月27日 - 小型自動車競走法公布、施行
- 1950年(昭和25年)10月29日 - 船橋競馬場内の専用ダートコースにて船橋オート初開催
- 1950年(昭和25年)11月16日 - 距離ハンデレース採用
- 1951年(昭和26年)11月20日 - 柳井オートレース場開場
- 1952年(昭和27年)2月1日 - 川口オートレース場開場
- 1954年(昭和29年)11月27日 - 大井オートレース場開場(全国初の舗装走路、大井競馬場に隣接して存在していた。現在の競馬場の立体駐車場の場所である)
- 1956年(昭和31年)5月1日 - 浜松オートレース場開場
- 1957年(昭和32年)2月22日 - 飯塚オートレース場開場
- 1957年(昭和32年)10月6日 - 柳井オートレース場閉鎖
- 1962年(昭和37年)10月1日 - 日本小型自動車振興会設立
- 1965年(昭和40年)4月 - 柳井オートレース場が移転したという形で、山陽オートレース場開場
- 1968年(昭和43年)1月 - 全レース場舗装走路化完了
- 1973年(昭和48年)3月31日 - 大井オートレース場廃止
- 1973年(昭和48年)5月30日 - 四輪車レース廃止
- 1975年(昭和50年)4月1日 - 1人1車制実施
- 1976年(昭和51年)10月9日 - 大井から移転という形で伊勢崎オートレース場開場
- 1989年(平成元年)6月2日 - 伊勢崎オートレース場においてナイター競走開始
- 1989年(平成元年)4月1日 - 発走合図システム装置全国で一斉稼動
- 1991年(平成3年)9月1日 - 電話投票導入
- 1993年(平成5年)10月8日 - 新エンジン「セア」に一斉乗り替り
- 1997年(平成9年)9月15日 - CS中継開始
- 1998年(平成10年)4月11日 - 8車8枠制導入
- 1999年(平成11年)12月18日 - 堀之内町場外車券売場(アレッグ越後)開場 ※2003年(平成15年)3月31日廃止
- 2000年(平成12年)4月1日 - セア改良型一斉乗り替え
- 2004年(平成16年)4月1日 - 新タイヤ「KR73S」導入
- 2005年(平成17年)8月2日 - 競走成績によるランク制(S級・A級・B級)を全国ランク制へ移行
- 2005年(平成17年)8月20日 - 飯塚オートレース場にて初のナイター競走開催
- 2006年(平成18年)4月1日 - 船橋オートレース場、浜松オートレース場の民間委託開始
- 2007年(平成19年)2月1日 - 山陽オートレース場の民間委託開始
- 2008年(平成20年)4月1日 - 日本小型自動車振興会解散。日本自転車振興会と統合され、新たに「財団法人JKA」となる
[編集] 近況
25期には元SMAPの森且行選手、29期にはMotoGP125ccクラスの元世界チャンピオン青木治親選手らが活躍している。森且行選手は所属する川口オートレース場で2000年後期から2004年後期までS級を維持し続けた(2008年10月現在S級に格付け)。公営競技の中では話題性に富んでおり、ここ数年で若いファン層が増加し若手選手の活躍もめざましい。
しかし、レジャーの多様化で公営競技全体の売り上げが低迷する中、オートレースも例外ではなく開催日の削減、全国ランク制導入、外来選手の斡旋数増加、場外車券販売の拡充、競走会の統合による組織のスリム化、一部業務の外部委託などによる運営の合理化等が進んでいる。
過去年間最高賞金記録は、2004年の高橋貢(伊勢崎オートレース場所属)による148,124,255円。ただ、同じ公営競技ながら既に2億円プレイヤーが誕生している中央競馬、競輪、競艇と比べると低いと言わざるを得ない。オートレースの場合、レース場自体の数が少ない上に開催日程も少ないことが要因の一つであると言える。
[編集] 放送での中継
- 放送媒体では、スカパー!と一部のケーブルテレビ局にて配信している「ベターライフチャンネル」(ch216)、「Shop240(240スタイル)」(ch240)において実況中継を行っている。
- また地上波では群馬テレビが伊勢崎オート場のレース実況を主にナイター競走分で随時、テレビ埼玉では「バッハプラザ」内で川口オート場のレースハイライトを開催日の毎日行っている。
- 特別競走(SG・プレミアムカップ)では、BS11による優勝戦の放送もある。
- インターネットでの中継もある。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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