全米オープン (ゴルフ)
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U.S. Open | |
|---|---|
| 開催地 | |
| 創設 | 1895年 |
| 開催コース | ペブルビーチゴルフリンクス (2010年) |
| 基準打数 | 71 (2010年) |
| ヤーデージ | 未定 (2010年) |
| ツアー | PGAツアー 欧州PGAツアー 日本ゴルフツアー |
| 競技方法 | ストロークプレー |
| 賞金総額 | 7,500,000ドル |
| 開催月 | 6月 |
| 最少打数 | 272 ジャック・ニクラウス (1980年) 272 リー・ジャンセン (1993年) 272 タイガー・ウッズ (2000年) 272 ジム・フューリク (2003年) |
| 通算スコア | −12 タイガー・ウッズ (2000年) |
| 男子ゴルフメジャー | |
|---|---|
| マスターズ | |
| 全米オープン | |
| 全英オープン | |
| 全米プロゴルフ |
全米オープンゴルフ(ぜんべいオープンゴルフ)は、ゴルフの世界4大メジャートーナメント大会の一。正式名称はUnited States Open Golf Championship。アメリカのゴルフ競技団体全米ゴルフ協会主催で、毎年6月中旬に開催する地区を毎年変えて実施している。
目次 |
[編集] 概説
この大会にはアメリカ国内の各地で1次・2次予選会があり、最終予選を通過した選手が出場資格を得られることから“オープン”と呼ばれる。地区予選会に出場するアマチュア選手のハンディキャップは「1.4以下」と定められている。彼らが世界各地の賞金ランキング上位選手や、世界ランキング上位選手たちと互角に渡り合って戦う姿は、全米オープン最大の見どころのひとつと言えよう。プロゴルファーに匹敵する力量を持ちながら、あえてプロの道を選ばずにアマチュアゴルファーの道を貫くベテランのアマチュア選手たちを見ることもできる。
全米オープンの開催コースは、大会の5年以上前から定められ、それに合わせてコース設定を調整していく。セッティングの特徴は、非常に深いラフと狭いフェアウェイであり、近年では優勝スコアをイーブンパーと想定してコースを作っている。マスターズを含む他のトーナメントが派手なバーディーの取り合いによるエンターテイメント性を否定せず、ミスはその後で取り返すことを許すのに対し、全米オープンは選手にひたすらパーを積み重ねることを要求し、落としたスコアを取り戻すのは困難を極める。メジャー大会の中でも、とりわけ選手たちの「忍耐力」が試され、「最強のゴルファー」に栄誉を与える大会と言える。それを象徴するかのように2006年、2007年と優勝スコアは5オーバーという結果であった。余りに厳しいセッティングは、選手から「ナイスショットを打ってもラフやバンカーにボールが飛び込み、フェアではない」との愚痴をこぼさせるほどである。
予選ラウンド終了時(2日目終了時)において、60位タイ以上、およびトップから10ストローク以内のプレイヤーのみが、3日目以降の決勝ラウンドに進むことができる(2008年)。
なお、72ホール(4ラウンド)終了時にトップが2人以上いた場合は、翌日月曜日に18ホールの合計ストロークで競うプレーオフを行う。(18ホールのプレーオフはこの大会のみ)18ホール終了してなお同スコアの場合はサドンデスに突入する。
第1回は1895年に開催され、途中戦争で中断された時期があった。
[編集] 本選出場資格
- セクショナル予選通過者
- 過去10年の全米オープン優勝者
- 前年全米アマチュア選手権の優勝者、および2位
- 過去5年のマスターズ優勝者
- 過去5年の全英オープン優勝者
- 過去5年の全米プロ選手権優勝者
- 前年全米シニアオープン優勝者
- 当該年ザ・プレーヤーズ選手権優勝者
- 前年全米オープン上位15位(タイ)の者
- 前年PGAツアー賞金ランキング上位30名
- 前年欧州PGAツアー賞金ランキング上位15名
- 当該年PGAツアー賞金ランキング上位10名(同大会2週間前現在)
- 同大会2週間前現在の世界ランキング上位50名
- 過去1年間のPGAツアーの複数試合優勝者
- USGAエグゼクティブ・コミティーの選んだインターナショナルプレーヤー
- 当該年の日本ツアー賞金ランキング上位2名(ただし、世界ランキングで75位以内が条件)
- 過去5年のオーストラリアPGAツアーの賞金ランキング上位2名(ただし、世界ランキングで75位以内が条件)
[編集] 記録
- 最多優勝回数:4回、ウィリー・アンダーソン(1901年、1903年、1904年、1905年)、ボビー・ジョーンズ(1923年、1926年、1929年、1930年)、ベン・ホーガン(1948年、1950年、1951年、1953年)、ジャック・ニクラス(1962年、1967年、1972年、1980年)
- 最多連続優勝:3回、ウィリー・アンダーソン(1903年、1904年、1905年)
- 最多2位回数:4回、ボビー・ジョーンズ(1922年、1924年、1925年、1928年)、サム・スニード(1937年、1947年、1949年、1953年)、アーノルド・パーマー(1962年、1963年、1966年、1967年)、ジャック・ニクラス(1960年、1968年、1971年、1982年)
- 最多トップ10回数:18回、ジャック・ニクラス
- 最年少優勝者:ジョン・マクダーモット(19歳10ヶ月14日)、1911年
- 最年長優勝者:ヘール・アーウィン(45歳15日)、1990年
- 最年長予選通過者:サム・スニード(61歳)、1973年
- 72ホールの最高スコア:272、ジャック・ニクラス(63-71-70-68)1980年、リー・ジャンセン(67-67-69-69)1993年、タイガー・ウッズ(65-69-71-67)2000年
- 日本人選手の最高位:2位、青木功、1980年(2位フィニッシュの歴代最高スコア)
[編集] 歴代優勝者
- 1895年:ホーレス・ローリンズ(ニューポートゴルフクラブ、ロードアイランド州)
- 1896年:ジェームス・ファウリス(シネコックヒルズゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1897年:ジョー・ロイド(シカゴゴルフクラブ、イリノイ州)
- 1898年:フレッド・ハード(マイオピアハントクラブ、マサチューセッツ州)
- 1899年:ウィリー・スミス(バルティモアカントリークラブ、メリーランド州)
- 1900年:ハリー・バードン(シカゴゴルフクラブ、イリノイ州)
- 1901年:ウィリー・アンダーソン(マイオピアハントクラブ、マサチューセッツ州)
- 1902年:ローリー・オークターローニー(ガーデンシティーゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1903年:ウィリー・アンダーソン(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1904年:ウィリー・アンダーソン(グレンビュークラブ、イリノイ州)
- 1905年:ウィリー・アンダーソン(マイオピアハントクラブ、マサチューセッツ州)
- 1906年:アレックス・スミス(オンウェントシアクラブ、イリノイ州)
- 1907年:アレックス・ロス(フィラデルフィアクリケットクラブ、ペンシルベニア州)
- 1908年:フレッド・マクレオド(マイオピアハントクラブ、マサチューセッツ州)
- 1909年:ジョージ・サージェント(イングルウッド、ニュージャージー州)
- 1910年:アレックス・スミス(フィラデルフィアクリケットクラブ、ペンシルベニア州)
- 1911年:ジョン・マクダーモット(シカゴゴルフクラブ、イリノイ州)
- 1912年:ジョン・マクダーモット(カントリークラブオブバッファロー、ニューヨーク州)
- 1913年:フランシス・ウィメット(ザ・カントリークラブ、マサチューセッツ州)
- 1914年:ウォルター・ヘーゲン(ミッドロシアンカントリークラブ、イリノイ州)
- 1915年:ジェローム・トラバース(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1916年:チャールズ・エバンズ・ジュニア(ミニカーダクラブ、ミネソタ州)
1917年-1918年 第一次世界大戦のためトーナメント中止
- 1919年:ウォルター・ヘーゲン(ブラエバーンカントリークラブ、マサチューセッツ州)
- 1920年:テッド・レイ(インバーネスクラブ、オハイオ州)
- 1921年:ジム・バーンズ(コロンビアカントリークラブ、メリーランド州)
- 1922年:ジーン・サラゼン(スコッキーカントリークラブ、イリノイ州)
- 1923年:ボビー・ジョーンズ(インウッドカントリークラブ、ニューヨーク州)
- 1924年:シリル・ウォーカー(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1925年:ウィリー・マクファーレン(ウォーセスターカントリークラブ、マサチューセッツ州)
- 1926年:ボビー・ジョーンズ(サイオトカントリークラブ、オハイオ州)
- 1927年:トミー・アーマー(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1928年:ジョニー・ファレル(オリンピアフィールズカントリークラブ、イリノイ州)
- 1929年:ボビー・ジョーンズ(ウイングドフットゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1930年:ボビー・ジョーンズ(インターラッセンカントリークラブ、ミネソタ州)
- 1931年:ビリー・バーク(インバーネスクラブ、オハイオ州)
- 1932年:ジーン・サラゼン(フレッシュメドウズカントリークラブ、ニューヨーク州)
- 1933年:ジョニー・グッドマン(ノースショアゴルフクラブ、イリノイ州)
- 1934年:オリン・デュトラ(メリオンクリケットクラブ、ペンシルベニア州)
- 1935年:サム・パークス(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1936年:トニー・マネロ(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1937年:ラルフ・ガルダール(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1938年:ラルフ・ガルダール(チェリーヒルズカントリークラブ、コロラド州)
- 1939年:バイロン・ネルソン(フィラデルフィアカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1940年:ローソン・リトル(カンタベリーゴルフクラブ、オハイオ州)
- 1941年:クレイグ・ウッド(コロニアルクラブ、テキサス州)
1942年-1945年 第二次世界大戦のためトーナメント中止
- 1946年:ロイド・マングラム(カンタベリーゴルフクラブ、オハイオ州)
- 1947年:ルー・ウォーシャム(セントルイスカントリークラブ、ミズーリ州)
- 1948年:ベン・ホーガン(リビエラカントリークラブ、カリフォルニア州)
- 1949年:ケリー・ミドルコフ(メダイナカントリークラブ、イリノイ州)
- 1950年:ベン・ホーガン(メリオンゴルフクラブ、ペンシルベニア州)
- 1951年:ベン・ホーガン(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1952年:ジュリアス・ボロス(ノースウッドクラブ、テキサス州)
- 1953年:ベン・ホーガン(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1954年:エド・ファーゴル(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1955年:ジャック・フレック(オリンピックカントリークラブ、カリフォルニア州)
- 1956年:ケリー・ミドルコフ(オークヒルカントリークラブ、ニューヨーク州)
- 1957年:ディック・メイヤー(インバーネスクラブ、オハイオ州)
- 1958年:トミー・ボルト(サザンヒルズカントリークラブ、オクラホマ州)
- 1959年:ビリー・キャスパー(ウイングドフットゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1960年:アーノルド・パーマー(チェリーヒルズカントリークラブ、コロラド州)
- 1961年:ジーン・リトラー(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1962年:ジャック・ニクラス(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1963年:ジュリアス・ボロス(ザ・カントリークラブ、マサチューセッツ州)
- 1964年:ケン・ベンチュリー(コングレッショナルカントリークラブ、メリーランド州)
- 1965年:ゲーリー・プレーヤー(ベルリーブカントリークラブ、ミズーリ州)
- 1966年:ビリー・キャスパー(オリンピックカントリークラブ、カリフォルニア州)
- 1967年:ジャック・ニクラス(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1968年:リー・トレビノ(オークヒルカントリークラブ、ニューヨーク州)
- 1969年:オービル・ムーディー(チャンピオンズゴルフクラブ、テキサス州)
- 1970年:トニー・ジャクリン(ヘーゼルタインナショナルゴルフクラブ、ミネソタ州)
- 1971年:リー・トレビノ(メリオンゴルフクラブ、ペンシルベニア州)
- 1972年:ジャック・ニクラス(ペブルビーチゴルフリンクス、カリフォルニア州)
- 1973年:ジョニー・ミラー(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1974年:ヘール・アーウィン(ウイングドフットゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1975年:ルー・グラハム(メダイナカントリークラブ、イリノイ州)
- 1976年:ジェリー・ペイト(アトランタアスレチッククラブ、ジョージア州)
- 1977年:ヒューバート・グリーン(サザンヒルズカントリークラブ、オクラホマ州)
- 1978年:アンディ・ノース(チェリーヒルズカントリークラブ、コロラド州)
- 1979年:ヘール・アーウィン(インバーネスクラブ、オハイオ州)
- 1980年:ジャック・ニクラス(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1981年:デビッド・グラハム(メリオンゴルフクラブ、ペンシルベニア州)
- 1982年:トム・ワトソン(ペブルビーチゴルフリンクス、カリフォルニア州)
- 1983年:ラリー・ネルソン(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1984年:ファジー・ゼラー(ウイングドフットゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1985年:アンディ・ノース(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1986年:レイモンド・フロイド(シネコックヒルズゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1987年:スコット・シンプソン(オリンピックカントリークラブ、カリフォルニア州)
- 1988年:カーティス・ストレンジ(ザ・カントリークラブ、マサチューセッツ州)
- 1989年:カーティス・ストレンジ(オークヒルカントリークラブ、ニューヨーク州)
- 1990年:ヘール・アーウィン(メダイナカントリークラブ、イリノイ州)
- 1991年:ペイン・スチュワート(ヘーゼルタインナショナルゴルフクラブ、ミネソタ州)
- 1992年:トム・カイト(ペブルビーチゴルフリンクス、カリフォルニア州)
- 1993年:リー・ジャンセン(バルタスロールゴルフクラブ、ニュージャージー州)
- 1994年:アーニー・エルス(オークモントカントリークラブ、ペンシルベニア州)
- 1995年:コーリー・ペイビン(シネコックヒルズゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 1996年:スティーブ・ジョーンズ(オークランドヒルズカントリークラブ、ミシガン州)
- 1997年:アーニー・エルス(コングレッショナル、メリーランド州)
- 1998年:リー・ジャンセン(オリンピッククラブ、カリフォルニア州)
- 1999年:ペイン・スチュワート(パインハーストリゾートアンドカントリークラブ、ノースカロライナ州)
- 2000年:タイガー・ウッズ(ペブルビーチゴルフリンクス、カリフォルニア州)
- 2001年:レティーフ・グーセン(サザンヒルズカントリークラブ、オクラホマ州)
- 2002年:タイガー・ウッズ(ベスページステートパーク、ニューヨーク州)
- 2003年:ジム・フューリク(オリンピアフィールズカントリークラブ、イリノイ州)
- 2004年:レティーフ・グーセン(シネコックヒルズゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 2005年:マイケル・キャンベル(パインハーストリゾートアンドカントリークラブ、ノースカロライナ州)
- 2006年:ジェフ・オギルビー(ウイングドフットゴルフクラブ、ニューヨーク州)
- 2007年:アンヘル・カブレラ(オークモントゴルフクラブ、ペンシルベニア州)
- 2008年:タイガー・ウッズ(トーリーパインズゴルフコース、カリフォルニア州)
- 2009年:ルーカス・グローバー(ベスページステートパーク・ブラックコース、ニューヨーク州)
[編集] 優勝賞金
| 年月日(大会最終日) | 金額 | 1ドル |
|---|---|---|
| 1999年6月20日 | 62万5000ドル | 121.85円 |
| 2000年6月18日 | 80万0000ドル | 106.45円 |
| 2001年6月18日 | 90万0000ドル | 122.90円 |
| 2002年6月16日 | 100万0000ドル | 124.25円 |
| 2003年6月15日 | 108万0000ドル | 117.30円 |
| 2004年6月20日 | 112万5000ドル | 108.91円 |
| 2005年6月19日 | 117万0000ドル | 108.91円 |
| 2006年6月18日 | 122万5000ドル | 115.47円 |
| 2007年6月17日 | 126万0000ドル | 123.51円 |
| 2008年6月16日 | 135万0000ドル | 108.28円 |
| 2009年6月22日 | 135万0000ドル | 95.42円 |
為替レートは大会最終日翌日の対顧客相場仲値(三菱東京UFJ銀行:発表)
[編集] テレビ放送
[編集] 日本
日本での地上波テレビ放送は1996年まではNHKが放送権を獲得し、1997年以降はテレビ朝日系列が放送権を獲得した。テレビ中継時に限り「ニチアサキッズタイム」は全ての番組が放送休止となりやじうまプラス(「おはよう朝日です」等地域ローカル情報番組も含む)も休止となる。ただ、西海岸開催時には題名のない音楽会、スーパーモーニング(最終日のみ)などが休止、サンデーフロントラインも短縮放送になる。
また、2008年までの最終日では「スーパーモーニング」をネットする山梨放送・北日本放送・福井放送・山陰放送※[1]・高知放送・四国放送・宮崎放送※[1]でも日本時間8:00から放送していたが、2009年は上記の局での放送が取り止め、「スーパーモーニング」が始まるまでの8:00 - 8:30の間は各局個別で単発番組を設定することになった(ただし、8:30以降も中継が続く場合、山陰放送と宮崎放送を除く[1]5局はその時間から中継を同時ネット予定だったが、実際は未放送)。
2009年は、大会1日目が雨天中止順延になり、2008年大会のプレーオフの模様の再放送をメインに放送。2日目に1日目の模様を3日目に2日目の模様をそれぞれを放送、本来の最終日である4日目は3日目の模様と最終日の冒頭の模様を放送した。このため全選手が最終ホールまで到達できないと判断、8:26.30で中継を打ち切った。急遽5日目を4:55-6:30の予定で大会最終日の模様として放送することにし、そこで優勝者が決定。
2005年以前まで土曜の午後に「予選ハイライト」・日曜の「サンデープレゼント」枠で「3日目ハイライト」・月曜のネオバラエティ枠で「最終日ハイライト」を放送したが、2006年以降の放送はなし。
また、ゴルフネットワークでも現地の日中に当たる日本時間深夜から翌日早朝にかけて生放送される。同チャンネルは独占生中継のため、テレビ朝日は時差放送となることが多い。
なお、2001年、2008年のように月曜日の18ホールプレーオフにもつれた場合、ゴルフネットワークとテレビ朝日は深夜の番組を一部中止し、生中継で試合終了まで放送する。
- ^ a b c ※印の付いている局については2009年4月より本来のJNN系列の番組・はなまるマーケットへのネットに移行し、スパモニのネットが打ち切られた。但し受信地やケーブルテレビにより隣接県の系列局(山陰地区=朝日放送・広島ホームテレビ・瀬戸内海放送・山口朝日放送、宮崎地区=熊本朝日放送・大分朝日放送・鹿児島放送・愛媛朝日テレビ)で視聴可能。
2010年の放送については大会1日目・2日目は早朝での放送(4:25~7:00ないし、8:00まで)で、大会3日目に当たる6月20日は西海岸での開催や当日放送される「FIFAワールドカップ南アフリカ大会予選リーグ・日本VSオランダ」の再放送を実施するため早朝枠から「ニチアサキッズタイム」までは編成を動かさず、その終了後の題名のない音楽会~「サンデーフロントライン(サンデープロジェクトの後継番組)」までの日曜朝9:00~11:45のレギュラー枠と11:45~11:50のミニ番組枠を休止し、なおかつ11:50~12:00の「ANNニュース」昼枠を「全米オープンゴルフ」の中継中に内包する形で放送される。このため、「ANNニュース」昼枠を系列外でクロスネットしている福井放送とテレビ宮崎は「ANNニュース」を放送しない対応をとった。
また最終日もやじうまプラスを7:00までの短縮放送とし(ABCは「おはようコールABC」を7:00まで拡大した上で「おはよう朝日です」を休止)、「スーパーモーニング」を休止し、7:00~9:55までの放送となる(延長オプションなり)。
[編集] 日本以外
- アメリカでは予選ラウンドも含めNBCで中継する。(予選ラウンドは午後3時から午後5時までの2時間生中継し、それ以外の時間はESPNで生中継する)2006年までフォーマットが緑を基調にした表示だったが、2007年からは白とオレンジを基調にしたフォーマットに大幅に変更した。プレーオフになった際も序盤はESPNで、それ以降をNBCで放送する。
[編集] 外部リンク
[記事全文]






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