Wikipedia:削除の復帰依頼
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Wikipedia:削除の方針に従い、管理者は、ウィキペディアにあるページを削除することがあります。削除されたページは、ある程度の期間、管理者のみが閲覧可能なデータベース(archiveテーブル)に保管されていますので、必要に応じて元に戻すことができます(長期間経過すると、消去されてしまう場合があることに注意して下さい)。
このページは、削除されてしまったページを元に戻すよう依頼するためのページです。依頼するためにはWikipedia:復帰の方針をまずお読み下さい。
復帰依頼の対象となるのは、削除された全てのページです。復帰を依頼する際には、その理由をできるだけ詳細に述べて下さい。削除依頼で議論されたページについては、該当ページへのリンクも書いて下さい。該当ページのノートがあれば、そこへのリンクも書いて下さい。
削除の復帰依頼があってから、一週間が経過し、かつ、削除されたページの復帰に合意が得られている場合、管理者の方はページを復帰させて下さい。合意が得られてから長期間放置すると、復帰できなくなる場合がありますので、できるだけ早く復帰させるのが望ましいですが、強制するものではありません。
誤ってページを削除してしまった場合などに対処するため、管理者は削除の復帰依頼を経ることなく復帰させることがあります。
目次 |
[編集] archiveテーブルの状況他
- 2004年6月8日 - データベースの障害により、バックアップされていなかったarchiveテーブルは消失しました。これ以前に削除されたページは復帰できません。
- 2005年1月4日 - データベースのブロック圧縮が行われましたが、archiveテーブルに影響はありません。即ち、既に削除されたページは2004年6月9日以降のものであれば復帰できます。
- 2006年6月16日 - メディアウィキのバージョンアップにより、画像の復帰が可能になりました。2006年6月16日以降に削除された画像は復帰できます。
[編集] 削除の復帰依頼の書き方
削除の復帰依頼に出す場合は、次の項目を記述してください。
- 復帰対象のページ名
- もしあれば、削除に関する議論が行われたページ(通常は、その記事のノートや、[[Wikipedia:削除依頼/ページ名]])
- 削除の復帰依頼を、何時、誰が行ったのかを明確にするため~~~~を用いた署名
例:
=== {{article|○○○}} ===有用な記述内容があったにもかかわらず、削除されてしまいました。復帰を希望します。以前の記述内容:「×××」削除依頼: [[Wikipedia:削除依頼/○○○]]。--~~~~即時削除された画像の例
=== {{p|ファイル|○○○}} ===画像情報and/orライセンス不備のため即時削除されてしまいました。復帰を希望します。この画像の制作者は×××であり、著作権者も×××です。ライセンスは××××××にする予定です。--~~~~- ライセンスについてはWikipedia:Template メッセージの一覧/ファイル名前空間参照)
[編集] 投票について
復帰を希望するときは(復帰)
「朝鮮進駐軍」が歴史的に有用な記述内容があったにもかかわらず、削除されてしまいました。 復帰を希望します。以前の記述内容:「朝鮮進駐軍」
「朝鮮進駐軍」についての画像もあり、存在していた事は事実です。 必要ならば私の持っている資料を提出します。
[編集] 処置の報告
削除の復帰依頼の該当部分で議論し、議論の結果と対応する処置について書いて下さい。削除の復帰依頼のページは、しばらく時間が経過した場合、そのやりとりは消去されます。もちろん、過去の履歴でその版を見ることができます。
[編集] 削除の復帰依頼
[編集] 三峯徹 - ノート
昨日、11月8日に三峯徹氏についてのイベントが行われました。このイベントは複数のニュースサイトにも取り上げられており、このことから2007年の削除時に不足しているとされた著名性について、現在では状況が変化しているのではないかと考えます。
氏の著作については自費出版であり出版者としての公人としての著名性については確かに疑問も残りますが、他の自費出版団体などの項目と同程度に記事として成立しうると思いますし、投稿活動については類似の活動実績を持つ存在がおらず、代替が存在しないという意味では懸念された「売れないストリートミュージシャンとかオヤジなアマチュアバンド」などとは一線を画しており、収拾不能という懸念は杞憂であろうと考えます。
記事の内容については、検証性に欠けるなど加筆修正の必要はあるかと思われますが、ご一考いただければと思います。削除依頼: Wikipedia:削除依頼/三峯徹。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-09T04:38Z
- (反対)名前を書いておけばよいレベルです。ネ申ではちょっと。--hyolee2/H.L.LEE 2009年11月9日 (月) 04:44 (UTC)
- (コメント)「名前を書いておけばよいレベルです。」というのは同意です。その辺の独自研究というか、独自研究以下の主観的な感想文の部分については修正の必要を感じますが、ただ、項目として存在が許容できない理由というよりは修正が必要な理由かと思います。アンサイクロペディア的なノリノリなモノではなく百科事典的な項目としても成立させうると考えたため、項目の作成を考えたのですが作った瞬間に即時削除されるとかではアレなので、どういう形でなら項目を作成しても問題ないか、事前に合意を取りたくこちらに持ってきた次第です。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-09T11:17Z
- (賛成)コミックヴァルキリー創刊号において三峯徹からの葉書が来る来ないで編集部が一喜一憂するさまが書かれていたりすることを考えると商業誌からのアプローチも存在し、商業誌をテクスティズム的に紐解く際には参考になる記事に成長する可能性が高い。削除された記事自体に残すべき内容があるかどうかは現在閲覧できず判断できないが、再作成を支持するという側面から賛成する。--Himetv 2009年11月9日 (月) 17:57 (UTC)--一部修正--Himetv 2009年11月10日 (火) 04:57 (UTC)
- (賛成)何の漫画か忘れましたが、三峯徹がヒエラルキーピラミッドの頂点に居るというネタがありました。ハガキ職人の中では一つ頭飛び抜けて知名度のある方ですから、検証可能な資料を集め独自研究を含めない形で記事にするのであれば、復帰に反対する理由はありません。独自研究が払拭できなかった場合は、「特筆性」ではなく「独自研究にしかならない」という理由で改めて削除すべきだとは思います。どうでもいいですが三峯氏にウィキペディアへ画像を投稿してもらったら面白い記事になりそうですね。--ラッキースター・キッド ◆Luck.w.AEQ 2009年11月9日 (月) 23:08 (UTC)
- (反対)「複数のニュースサイトで取り上げられており」では著名性の変化したかどうか不明。また、他の記事と同じレベルだから問題ない、という主張も著名性の問題をクリアしていない。--PALNAS 2009年11月10日 (火) 13:17 (UTC)
- (コメント)ご意見ありがとうございます。今回の依頼ではどの程度の著名性が必要かについても併せて相談出来ればと考えておりまして、丁度その点をご指摘頂きありがとうございます。氏は現状、例えばゲームのジャケットにゲストイラストレーターとして参加したり、商業漫画単行本の帯を書くなど、地味ではありますがイラストレーター業も行われており、また、他作家の商業作品において名前や画風がネタとして用いられたりなどしており、少なくとも公式の場で名前をだされている存在(つまり名前のみをしてプライバシーを理由にしての削除は妥当ではない)であるわけですが、それ以上に経済活動などの情報が別途必要ということでしょうか?どのような活動をして著名性があると認められるのかが示していただければ、それについて出典などが提示できるものもありましょうし、何が足りないのか、項目として必要だと考えている人たちにも納得の出来る形でコミュニティの合意が形成できるのではないかと考えております。。個人的にはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか中の「ウィキペディアは名鑑ではありません」おける、「2.系譜」の「ひとつの指標としては、その人物が複数の(ネット上あるいは印刷物による)外部典拠で特集されているかどうかということが手掛かりとなります。」という例示に該当しうる、つまりWikipediaの基準における著名性を満たすのではないかという疑問があり今回の提案をさせていただいたわけですが、ほかに考慮すべきWikipediaのルールの項目や慣習による基準などがありましたらご教示いただけると助かります。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T15:43Z
- (コメント)ちょっと調べ回って情報を集めてきました。Wikipediaにおける存命中の人物に関する記述については以下の基準がありました。Wikipedia:特筆性 (人物)、Wikipedia:存命人物の伝記。こちらでの話し合いの一助になれば幸いです。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T16:28Z
- (コメント)ご意見ありがとうございます。今回の依頼ではどの程度の著名性が必要かについても併せて相談出来ればと考えておりまして、丁度その点をご指摘頂きありがとうございます。氏は現状、例えばゲームのジャケットにゲストイラストレーターとして参加したり、商業漫画単行本の帯を書くなど、地味ではありますがイラストレーター業も行われており、また、他作家の商業作品において名前や画風がネタとして用いられたりなどしており、少なくとも公式の場で名前をだされている存在(つまり名前のみをしてプライバシーを理由にしての削除は妥当ではない)であるわけですが、それ以上に経済活動などの情報が別途必要ということでしょうか?どのような活動をして著名性があると認められるのかが示していただければ、それについて出典などが提示できるものもありましょうし、何が足りないのか、項目として必要だと考えている人たちにも納得の出来る形でコミュニティの合意が形成できるのではないかと考えております。。個人的にはWikipedia:ウィキペディアは何ではないか中の「ウィキペディアは名鑑ではありません」おける、「2.系譜」の「ひとつの指標としては、その人物が複数の(ネット上あるいは印刷物による)外部典拠で特集されているかどうかということが手掛かりとなります。」という例示に該当しうる、つまりWikipediaの基準における著名性を満たすのではないかという疑問があり今回の提案をさせていただいたわけですが、ほかに考慮すべきWikipediaのルールの項目や慣習による基準などがありましたらご教示いただけると助かります。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-10T15:43Z
- (コメント)えーと、合意を得る前に項目を作ってしまった方がおられるようです。とりあえず、当座は記事を充実させる方向で自分は編集をいたしますが、項目の是非についてはノートの方に統合した方がいいかもしれません。尤も即時削除されてしまえばアレですが。あと、この復帰依頼ですが三峯氏のイベントは11月8日でした。自分の最初の投稿について22日と誤った日付が記入されておりましたので日付のみ修正しました。あしからず。-- ◆IZUMI162i6 (mail) 2009-11-23T18:58Z
- (賛成)現状整った記事になっていますが、個々の出典が微妙に弱く、基準を機械的に適用すれば不可と言うべきかもしれまれせん。が、既に複数媒体からの注目が示されており、掘り返せばもう少し出そうでもあり、ということで、この人物に関しては特殊な突出したケースとみなしたく思います。復帰の有用性ですが、「MUJIN 2006年7月号」に掲載された初投稿についてのコメントは、今の記事の中に繰り込むかどうかは別として、参考にしていいものではあると思いました。これまで同様今後もプライバシーには重々配慮していただきたいとお願いしつつ、復帰に賛成します。--Kinori 2010年1月18日 (月) 03:21 (UTC)
[編集] カマクラー - ノート
Wikipedia:削除依頼/カマクラーによれば、出典が提示されないまま時間が経ち、独自研究として削除されたようですが、去る10月に山川出版社から発行された書籍で言及されました(ノート:カマクラーも参照)。出典が出たので、復帰させても良いかどうか、皆様の判断を仰ぎたく、依頼を提起します。--Squidraken 2009年11月19日 (木) 12:37 (UTC)
賛成:削除依頼提出時の削除理由が消滅したため。--Himetv 2009年11月19日 (木) 17:59 (UTC)- (反対)出典が出た以前に書かれた記事であれば、それは独自研究ととられかねない、記事として相応しくないものでしょう。新たに記事を作れば良いことで、復帰を要するものとは考えられません。--Bellcricket 2009年12月3日 (木) 22:31 (UTC)
反対 削除が09年3月で、出典は09年10月であるならそれ以前の文章は独自研究となると考えられます。出典に基づいて新規投稿するべきでしょう。--アルトクール 2009年12月25日 (金) 02:10 (UTC)
賛成 仮に旧記事が独自研究であったとしても、旧記事のスタイル、構成、着眼点等を新記事作成のための参考としたり、旧記事の文章を流用することも可能です。また、旧記事も「山川出版社から発行された書籍」も、同一の情報源に拠って書かれている可能性が高いと思います。そうすると、旧記事と「山川出版社から発行された書籍」に拠って書かれる新記事の内容が、大きく乖離するとは思えません。したがって、復帰する実益があります。--ZCU 2010年1月3日 (日) 16:28 (UTC)- (反対)該当の本を見ました。漫画などをきっかけに鎌倉時代や北条氏に興味を持つ人をカマクラーといい、彼らの間では北条高時悪人論はとられていない、というにとどまります。この程度の文では、辞書的意味を超えません。該当箇所は序文にあたり、読者の関心を引き、自分のテーマが注目を引いていると説くところです。カマクラーについて説明するところではありません。ZCUさんが言う「同一の情報源」があるかどうはわかりませんが、その情報源がウィキペディアの出典にふさわしいものと思わせるような文は見当たりませんでした。この状態で復帰すれば、辞書的一文にひっかけて独自研究を盛り付けるための復帰になってしまいます。このくだりから引っ張るものとしては、北条高時に既に書かれているもので十分だと思います。--Kinori 2010年1月11日 (月) 01:44 (UTC)
[編集] 佐世保駅前郵便局 - ノート
Wikipedia:削除依頼/特筆性のない旧無集配特定郵便局における議論の結果削除されたものですが、削除された項目以外ネット上でもまとまった記述が存在していなかった沿革部分について適当な項目への記事転記のため復帰を希望します。--Atsasebo 2010年1月3日 (日) 10:34 (UTC)
[編集] 戦前の日本医科大学本館関連画像
以下の画像は外部サイトからの転載として、削除依頼により削除されましたが、古い写真ですので著作権が消滅している可能性があります。被写体は1922年(大正11年)に建ち、1945年(昭和20年)に焼失したそうです。
- ファイル:Syobyo2.jpeg(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
- ファイル:Nihonikaunibshinaruko.jpg(ノート / 履歴 / ログ) - 2009年12月18日 (金) 06:38 (UTC) 以降のファイルが特定版削除されています。
- ファイル:Syobyo2.JPG(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
- ファイル:Syobyo2.jpg(ノート / 履歴 / ログ) - ファイルと説明の全版が削除されています。
削除に至った審議は Wikipedia:削除依頼/戦前の日本医科大学本館関連画像 です。著作権消滅の証明等により、著作権侵害でないことが明確になった場合、復帰させてよいと思います。その場合、同一画像の重複ですので、最初にアップロードされた 1番のみ復帰させれば十分でしょう。
- 転載元サイト: (財)致道博物館 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/
- 転載元画像の掲載頁: トピックス 平成19年 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/topikkusunewpage4.htm
- 転載元画像ファイル: 戦前の日本医科大学本部 http://www7.ocn.ne.jp/~chido/img/syobyo2.jpg
上記、転載元画像の掲載頁によれば、被写体は「大正11年建設、昭和20年1月の空襲で焼失」しています。日本の著作権法 51条, 52条, 53条および57条によれば、保護期間は著作者の死亡(もしくは諸条件により、公表または創作)の翌年初より50年ですから、理論的には、著作権が消滅している可能性があり得ます。例えば、1959年(昭和34年)に亡くなった方の著作物は、2009年末で著作権が消滅します。あるいは、団体名義かつ撮影後50年以内に公表されなければ撮影後50年で消滅であり、件の写真は遅くとも70年史(1974年頃)で公表されたはずですから、1922年に建ってすぐ撮られたなら撮影後50年で著作権消滅済の可能性も理論上ゼロではありません。
もちろん著作権が存続している可能性も大いにあり得ますので、著作権侵害でないことの証明が必要だと思います。一か月ほど待って証明されなければ、ひとまず復帰せず終了としてよいでしょう。もし後で証明されれば、そのときに再依頼すればよいと思います。宜しくご審議の程お願いいたします。 --Kanjy 2010年1月5日 (火) 11:50 (UTC)
- (コメント)上記のとおり、依頼者は今のところ復帰に賛成でも反対でもありません。もし著作権侵害でないことが証明されれば復帰してよいと思います。 --Kanjy 2010年1月5日 (火) 11:50 (UTC)
- (コメント)復帰依頼をしていただき、ありがとうございます。お手数をかけました。
さて、この写真の被写体は「大正11年建設、昭和20年1月の空襲で焼失」しているのですから、1922年から1945年1月の間に撮影されているものと合理的に推測できます。したがって、保護期間はまずは旧著作権法の下で検討する必要があります。旧著作権法23条によれば、写真の著作物の著作権は発行年(発行が無かった場合は種板の製作年)の翌年から10年間継続することとなっていました。そこで、本件写真の保護期間を検討すると、最も遅い1945年1月に撮影(種板が製作)されたと仮定すると、仮に発行が無かった場合は1955年12月31日をもって著作権が消滅しますし、1955年にやっと発行されたと仮定しても、1965年12月31日をもって保護期間が満了します。結論として、本件写真の著作物の日本法の下での保護期間は、既に満了しているものと断定して構わないだろうということです。
次に検討しなければならないのは、米国法の下で保護期間が満了しているか否かです。これについては、後日とさせていただきます。--ZCU 2010年1月6日 (水) 14:45 (UTC)- (コメント)次に米国法に基づく保護期間について検討します。Kanjyさんのご指摘どおり、転載元サイトの記述によれば、この写真は「目でみる日本医科大学70年史」から転載されているようです。日本医科大学のウィキペディア記事によれば、日本医科大学の創立年は1904年とのことですので、「目でみる日本医科大学70年史」は1974年には出版されているものと推定できます(遅れた可能性も十分にありますが、1979年以降となることは考えにくいでしょう)。米国法に基づく著作権保護期間を調べるには、コーネル大学のパブリック・ドメイン・チャートが参考になります。これまでの推定により、本件写真は、チャートのWorks First Published Outside the U.S. by Foreign Nationals or U.S. Citizens項目のWorks Published Abroad Before 1978項目に該当することになります。また、public domain in its source country as of 1 January 1996は、日本法における著作権保護期間は遅くとも1965年までですから、Yesとなります。最も問題となりそうなのは、必要な方式(formal notice of copyright be included in the work; registration, renewal, and deposit of copies in the Copyright Office; and the manufacture of the work in the US)が履行されていたかどうかですが、「目でみる日本医科大学70年史」出版の目的からして、このような面倒な方式を履行してまで米国内での保護を受けようとする動機が見当たりません。したがって、チャートにおけるPublished without compliance with US formalities, and in the public domain in its source country as of 1 January 1996に該当する可能性が最も高く、In the public domainという結論が得られます。--ZCU 2010年1月17日 (日) 13:43 (UTC)
- (賛成)以上のことから、復帰してもよいと考えます。復帰された後は、ファイルページに著作権表示テンプレート{{PD-old-USJP}}を貼付することとなります。--ZCU 2010年1月17日 (日) 13:43 (UTC)
- (賛成。Nihonikaunibshinaruko.jpgのみ反対)著作権期間についてはZCUさんの解説で納得できましたので、3画像の復帰に賛成します。版は初版のみでも全版でもよいです。しかし、Nihonikaunibshinaruko.jpgは、もともとHykw-a4さんがアップロードした現在の建物の画像に、同名でMasato Koizumi さんが古い建物の別ファイルを上書きしたものです。同名アップロードをすると、前の画像はおしのけられ、使えなくなります。前の画像をアップロードした人に失礼であるばかりでなく、使用される記事ページと、画像ページの両方で履歴を読み解くことを困難にし、混乱の元です。必要なら別名でアップロードすべきです。--Kinori 2010年1月18日 (月) 03:54 (UTC)
[編集] 佐藤毅彦 - ノート
著作権侵害を理由に削除依頼に出されたため、記事の問題箇所(第3段落)を編集・削除しました。著作権侵害を回避できたと思うのですが、すでに投票開始から時間が経過しており、その後票が投じられることもないまま削除されてしまいました。問題箇所を除いても人物の概要についての記述は残っており、また惑星研究における世界の第一人者として特筆性もあると考えられます。そのため、特定版削除という形での復帰を希望します。
最終版(問題部分は削除済み)の記述:「佐藤 毅彦(さとう たけひこ)は、日本の惑星科学者。JAXA開発研究本部教授、北海道大学大学院理学院客員教授。専門分野は、惑星大気圏・電磁圏科学。PLANET-C金星探査(2ミクロン・カメラ責任者)、次期火星探査(WG主査)、木星オーロラ研究に従事。特に木星オーロラ研究では世界の第一人者である。科学教育にもインターネット天文台、星座カメラi-CANの開発・活用を通し取り組んでいる。」
削除依頼: Wikipedia:削除依頼/佐藤毅彦。--少年探偵キムジョンイル 2010年1月7日 (木) 04:25 (UTC)
- (特定版復帰賛成またはS6h493さんによる再投稿)管理者権限で削除済み版を拝見し、少年探偵キムジョンイルさんことS6h493さんがご指摘された事実関係を確認しました。確かに、2009-12-21T05:19:57Z by S6h493さんの版においては、Iewslastさんがご指摘された部分が、S6h493さんご自身の言葉で書き換えられております。したがって当該版では著作権侵害のおそれがある部分の改善が為されています。S6h493さん以外の編集はカテゴリ付けやsakujo貼付など著作物性のない編集であり、本件記事は実質的にS6h493さんただ1名のみによる執筆であるため、上記1版のみならば復帰してもよいと考えます。なお、もしS6h493さんが削除済み記事の原稿コピーを手元にお持ちなのであれば、それを再投稿すれば足り、復帰の必要はありません。コピーをお持ちなら、そちらのほうが簡単です。--tan90deg 2010年1月8日 (金) 10:30 (UTC)
- (コメント)下でKinoriさんがご指摘のとおり、当該投稿者により再立項(復帰可能と目される当該版とは一致しません)が為されました。これをもって復帰不要になりましたので、このまま終了してよいでしょう。--tan90deg 2010年1月18日 (月) 16:24 (UTC)
- (反対)1月14日にS6h493さんが新たに立項しました。削除版とは同文ではありませんが、これでよろしいかと思います。形式的な票は「反対」となりますが、再投稿を追認して終了の意味です。--Kinori 2010年1月18日 (月) 03:34 (UTC)
[編集] アダム・コミサロフ - ノート
著作権侵害を理由に削除依頼に出されたため、記事の問題箇所(第4段落)を編集・削除しました。著作権侵害を回避できたと思うのですが、すでに投票開始から時間が経過しており、その後新たに票が投じられることもないまま削除されてしまいました。問題箇所を除いても人物の概要についての記述は残っており、また慶大・東京外大など様々な大学で長年にわたる教授経験があり、特筆性もあると考えられます。そのため、特定版削除という形での復帰を希望します。
最終版(問題部分は削除済み)の記述:「アダム・コミサロフ(Adam Komisarof)は、日本在住でロシア系アメリカ人の英語学者。 麗澤大学経済学部准教授として英語と異文化コミュニケーションを教えるかたわら、慶應義塾大学法学部の非常勤講師を務めている。妻は英語学者のコミサロフ喜美 。研究テーマは、企業及び教育機関における異文化コミュニケーション、異文化コミュニケーション教育。世界に向けて研究発表を定期的に行っている。また、バイリンガルの異文化トレーナーとしての実績も豊富である。」
[編集] OKAMOTO'S - ノート
削除時点ではメジャーとは言えませんでしたが、現在では年末のカウントダウンジャパン0910に出演、 ソニーミュージックに所属したことから記事を復活させることが有益ではないでしょうか。 削除依頼: Wikipedia:削除依頼/OKAMOTO'S。--219.45.16.2 2010年1月23日 (土) 12:23 (UTC)
反対 削除時点で特筆性があったかどうかという点においては、依頼内容から判断するに無かったと考えられます。ですので、新規投稿で問題ないでしょうから復帰に関しては反対します。--アルトクール 2010年2月2日 (火) 13:45 (UTC)
[編集] 飯塚事件 - ノート
私自身が直接削除された記事を確認した訳ではないのですが、死刑を執行された人物の氏名が記述されたのが原因のようです。Wikipedia:削除の方針#ケース B-2:プライバシー問題に関してに該当するというのが削除の理由ですが、この記事が書かれていた時点で元死刑囚は故人となっておりました。以前にもノート:附属池田小事件で議論になりましたが、死者に対するプライヴァシーの権利が守られるという法規は(刑法230条2項に該当する虚偽の事実摘示の場合を除き)存在せず、従ってプライヴァシーの問題を理由に該当の記事を削除した判断は誤りであると考え、今回復帰の依頼をする次第です。御意見をお待ちしております。 削除依頼: Wikipedia:削除依頼/飯塚事件。--ユキポン 2010年1月25日 (月) 20:33 (UTC)
コメント一応、犯罪者が著名ないしテロリストでなければ故人であっても概ね死後50年経過しなければ実名表記は不可という意見もあります。この事例において問題なのは「元死刑囚は本当は死刑を執行すべき犯罪事実を犯していなかったのではないか?」という疑いがある点(このことについては当方は判断しかねますが)です。そのため、他の項目において元死刑囚の氏名がある例と違い、「全く事件に無関係であり、実は国家による無辜の人物に対する合法的殺人」の被害者の可能性があります。よって故人であってもその疑問点が解明されない現状では実名記載は躊躇すべきたといえます。--Carpkazu 2010年2月1日 (月) 14:37 (UTC)
コメント御意見ありがとうございます。Wikipedia:検証可能性にありますように、ウィキペディアで重要なのは「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」です。故に、元死刑囚が逮捕・起訴の後に死刑が執行されたのは純然たる事実であり、本当に犯人であるかという疑問がウィキペディアでの記述を制限する理由にはならないと思います。また、前述の事実の記載は刑法230条2項にも該当しません。あと、死亡した犯罪者の氏名は死後50年間は表記不可という主張は、どのような根拠に基づいているのか明示して頂きたいです。--ユキポン 2010年2月1日 (月) 21:58 (UTC)- (反対)「ケース B-2:プライバシー問題に関して」には「法令とは関係なく日本語版Wikipediaは個人のプライバシーや名誉を尊重する方針を採っています」という一文があるのですから、法的には通常死者については通常プライバシーは認められませんが、それを超えて尊重すべきであるとしてコミュニティは削除で合意をしたのであって、削除の判断に誤りはなく、また死刑が執行されたことも削除された本文中にありますから、削除時に知られなかった事実はなく、復帰の必要はないでしょう。--Ks aka 98 2010年2月2日 (火) 04:19 (UTC)
コメントWikipedia:削除依頼/飯塚事件では故人のプライバシーについては話し合われていないようですが。そのような議論もない合意に、一体どれほどの拘束力があるのでしょうか。そもそも故人にプライバシーの権利は存在するのですか?私には「死者のプライバシー」という概念自体が何故存在し得るのか疑問なのですが。例外的にウィキペディアでは認められるというのなら、その論拠を提示して頂きたいです。--ユキポン 2010年2月2日 (火) 13:31 (UTC)- (コメント)ここでは方針に関する議論はしない方がいいです。5年以上前の話ですが、Ks aka 98さんが挙げた方針文書の設置根拠そのものは2004年11月から2005年3月にかけてWikipedia‐ノート:削除の方針の節「個人情報に関する記述について」で行われているので、必要なら別のページ(方針文書ノートや井戸端など)にて方針改訂を起案してみてはいかがでしょうか。--tan90deg 2010年2月3日 (水) 10:11 (UTC)
コメント私は公式方針の議論をしているという意図はないのですが。私は故人にプライヴァシーは発生せず、故にプライヴァシーの問題を理由に議題の記事を削除した判断は誤りだと主張しているだけです。また、反対される方には死者のプライヴァシーが認められる理由とその根拠を求めているだけです。もし公式方針の解釈をめぐって議論になる場合は、御提案の通り公式方針のノートなどで行おうと思います。--ユキポン 2010年2月3日 (水) 13:43 (UTC)
- (コメント)ここでは方針に関する議論はしない方がいいです。5年以上前の話ですが、Ks aka 98さんが挙げた方針文書の設置根拠そのものは2004年11月から2005年3月にかけてWikipedia‐ノート:削除の方針の節「個人情報に関する記述について」で行われているので、必要なら別のページ(方針文書ノートや井戸端など)にて方針改訂を起案してみてはいかがでしょうか。--tan90deg 2010年2月3日 (水) 10:11 (UTC)
- (反対)「ケース B-2:プライバシー問題に関して」には「法令とは関係なく日本語版Wikipediaは個人のプライバシーや名誉を尊重する方針を採っています」という一文があるのですから、法的には通常死者については通常プライバシーは認められませんが、それを超えて尊重すべきであるとしてコミュニティは削除で合意をしたのであって、削除の判断に誤りはなく、また死刑が執行されたことも削除された本文中にありますから、削除時に知られなかった事実はなく、復帰の必要はないでしょう。--Ks aka 98 2010年2月2日 (火) 04:19 (UTC)
[記事全文]






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